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航星日誌

不思議と9という数字に縁がある、人によっては不吉な数かも知れないけど僕は気に入ってる。
そういえば電話番号にも9が入ってるしメルアドも20年も前から9を入れてる。
10ではなく9、誰しも完全ではないしどこか欠けてて当たり前だから人間なのだと思う。
1989年は音楽を聞き始めた年、1999年は激動の中でインターネットに本格的に進出した年、
2009年は地下活動を終えてtwitterを始めた年、そして心が不安定な中で迎えた2019年が今。
9という数字の年がターニングポイントになっているのは間違いなく今年も何かあるはず。
何かあるというよりはゴールに向かってレールの上を進んでる感覚と言った方が正しいのかも。
もういつ終わっても悔いはない、というのは美談にし過ぎだろうか、そんなに綺麗じゃない。
うんざりすることや辟易することや悲しかったことや悔しかったことが詰まっている。
でもこの数年は殆どボーナストラックのような感覚だし、いつ終わっても不思議ではなかった。
今は振り返る気にもならないが、いつか音楽を聞いていて良かったと思えるかな。
たくさんの出会いと、たくさんの別れと、たくさんの喜びと悲しみがあった年月だった、と。
twitterを教えてくれたのはT掲示板で知り合ったEちゃんだった、家族の仕事の都合で海外に
住んでおり、そこからT掲示板に書き込みをしていた、まだ15歳だったのが信じられない。
帰国したEちゃんも数年で音楽を聞くのをやめたが連絡を続けていてtwiiterに誘われた。
理由は「フォロワーがいないから」、連日のように「早くアカウントを作って」と言われて
かなり長い間断っていたのだが結局僕が折れて適当にアカウントを作ったっていう経緯がある。
僕は受け身で普通に連絡出来るのにEちゃんとリプライをしたり、そんな程度だった。
後期のようなスタイルになったのは数年後でまだtwitterのUIも現在と全然違ったし、そもそも
twitterの人口も少なかったからもう少し自由に色々ツイートが出来ていたと思う。
僕は承認欲求がまるでない人間でこのブログでさえ人に知られたくないと思っているほどで
twitterもひっそりとしているつもりであったが自らの意とは裏腹な状態に疲れもあった。
年明けに久々にEちゃんに連絡をしたのだがその時に「twitterは今してなくてやめるかも。
でも当時教えてくれてありがとう。色々思い出が出来たから」と改めてお礼を伝えた。
「ふーん。じゃあ早くLINEやって」とクールな対応であったがそれもEちゃんらしい。
Eちゃんの子供ももう14歳、来年には僕とEちゃんが出会った年齢になる。
まだ小さかったあの子が高校生になるのか、本当に月日の流れの速さを思い知られされる。
早くも一ヶ月が終わる、様々な思いを乗せて時間は進み続ける、向かう先が悲しみだとしても。
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